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    -2008年1月6日付-

千年杉と神々のお話 (戦う神主正月に当って)

平成二十年・2008年がスタートした。元日は、三浦杉・吉田八幡神社の神主として、神々に天下泰平、五穀豊穣を祈願した。例年通り氏子の皆さんが多数参拝された。三浦杉は相模の国・三浦一族三浦大介基安候が勅命により九尾の狐退治の折、戦勝祈願に当神社を訪れお手植えされたと伝えられているが、樹木医さんや筑波大の某教授によると、由来からすると約850年から900年だが、おそらくそれ以前、樹齢1000年以上であるとのことだ。


おかしな話だと思う方もいらしゃると思いますが、私は、祝詞奏上をしているとき、神々を感じるときとそうでない時があり、夢心地で流れるように祝詞奏上ができるときとうまく奏上できないことがある。今年はうまく奏上できず、奏上しながら氏子さんたちに申し訳ないと思ったのだが、拝殿から奥宮を仰ぎ見た時、そこには間違いなく神がいらっしゃると確信でき正直ほっとしたし、「お前は余計な心配をするな」と言われているように感じた。ありがたいと心から感謝の気持ちを持つことができた。


日本人の多くの方は、実は神主さんのほとんどもそうですが、八百万の神とはわが国の神々のことと思っていますが、世界中の神々を内包しているとも言えるのです。


例えば、全国に多数ある金比羅神社は、実は、ヒンズー教の最高神、インドのガンジス川の鰐の化身であるクンピーラ神を祭ったものであり、香川県の金比羅宮の由来にも明記されています。クンピーラがクンピーラ→クオンピーラ→コンピーラ→コンピラ→金比羅神社となったわけです。


また、キリストには双子の兄弟イスキリがいたと言う説もあり、キリストはスキタイ族とともに日本に逃れたとの説もあります。実際、現在の青森県に昭和30年代の町村合併で地名がなくなりましたが、旧戸来(ヘライ)村に、いつからかは不明だが、今も十字架をご神体とする神社が存在します。戸来(ヘライ)はヘブライに通じると言われています。


明治政府がつくった東京の日本橋は、日本の中心・基点として知られていますが、日本橋を飾る象徴はスキタイ文明の神・グリフィンが橋の中央に堂々と左右に置かれています。なぜ、こま犬でないのか、なぜスキタイの神なのか?


また、私は中学時代、初めて聖書を読み、一時は洗礼を受けようかどうか悩んだときもありましたが、古事記と旧約聖書には多くの共通点があります。国譲りの神話は有名ですが、これは当時日本を統治していた国つ神から天つ神への政権譲渡の話ですが。この話は、旧約聖書のエドムとヤコブの話の意味するところに類似しています。


長子の座を追われたエドムの一族は、日本にたどり着いたと言う説もあり、実際、今の島根県にエトモ港という港があるとのこと。これが出雲大社・国つ系の神。一方筑紫の日向から、神武の東征が始まり、これが天つ系の神。と言われています。


ユダヤには失われた10士族があると言われていますが、その一つ、日本に辿り着いた、戻ってきたカド族では?つまり、御門(帝みかど)ではないか。と言った話もあります。


また、伊勢神宮の内宮と外宮をつなぐ道路の左右に立っている沢山の灯篭の台座にはどうしたわけか全ての台座にダビデの星が刻まれています。車から容易に確認できます。気がつかなかった方は今度見てください。


天岩戸(あまのいわと)開きとは?平成=一+八+十、成 (なる) 他にもいろいろあります。今日は、長くなりましたのでこのへんでやめます。


私は政治家を志ました。とりあえず、バランスが崩れすぎている今の日本のバランスを少しでも取り戻したい、この国のお役に立ちたいとの思いで国政を目指しました。政治は理想を失うことなく、かつ、現実を直視しなければなりません。その意味で、常に矛盾を内包している。しかし、志を失うことなく前進あるのみです。


明治の歌人 大町桂月が三浦杉を詠んだ歌にこうあります


「千年の遠き昔をしのばれて、空に見上げる、二本(ふたもと)の杉」


私は、天に向かって真っ直ぐに聳え立つ三浦杉とともに育ちました。決意も新たに次期総選挙に向け全力を尽くします。政策はもちろんですが、たまには、私の人生観、宇宙観、など、こんな話もしていきたいと思います。





-2007年12月27日付-
茨城4区と私の目指す政治(プレス民主12月号より)

茨城4区は、正に日本の中心、縮図です。決して嘘ではありません。植物等の南限北限で、例えばお茶の北限でりんごの南限。暖流と寒流の潮目でもあり、動植物の種類は日本一です。中山間地域がほとんどですが、日本初の原子の火・東海村、国際港湾常陸那珂港や工業地域もあり、選挙区を一回りするだけで今の政府与党の政策の限界を感じます。いろいろありますが、先ず税金の使い方を改め、大胆な発想の転換で農林業・エネルギー・不登校児や現場を大切にした教育再生などに取り組みます。そして内政・外交とも自立した国家として真の独立を目指し、新しい価値意識を持った政策、国民の生活が第一の政策を実現します。





-2007年12月30日付-
藤田幸久氏 テロ新法代表質問を聞いて

27日に郡司彰参議院議員から、明日、藤田幸久さんが新テロ法案の民主党代表質問をするとの話を聞き、昨夜インターネット中継で見させていただいた。次期衆議院選民主公認候補予定者としては国会での民主の存在意義が直結するのだが、そのことより藤田さんは茨城選出の先輩であり、同士の端くれの私としては、難民支援等、世界中の命の現場でボランティア活動につくされたNGO出身の政治家の国会での姿を見てみたいとの思いだった。


限られた時間の中で、藤田氏の質問は極めて的確に今の対テロ政策の問題を指摘、さらに単にテロ対策のみならず、これからの国際社会での日本外交のあるべき姿、目指すべき方向への鍵にさりげなく堂々と勇気をもって触れた、今後の日本外交にとって極めて重要な方向性を示した内容であった。


小泉政治以来、特に、「何とかの名の下に、、、、」との一言で、つまり見出しだけで小見出しもなく賛成・反対を問う手法が繰り返されている。これは極めて危険な政治手法であり、大切なのはその中身である。テロ対策も正にその中身、手法が重要だ。特に武力を伴なう事態への支援の場合、どこにその原則を求め、その原則を守るかが、日本の国益つまり日本国民を守ることになる。

これからの日本外交で最も重要なのは、私は、国連中心主義という原則を守ることであり、それが日本国民を守る道だと思う。国連など形骸化しているという議論もあるが、決してそうではないしそうならないよう国際社会のルールを作り上げなくてはならない。形は思ったより重要であり、効果を発揮するものです。憲法9条も(今日は触れませんが)一定の重要な役割を果たして来たのも事実です。


テロ対策での日本の役割は、藤田さんや民主党も示している通り、民生支援にこそある。テロとの戦いの名の下に、無原則にアメリカブッシュ政権の国際戦略に組み込まれることこそ、近い将来の日本の国益を損なうと私は思う。決してブッシュ政権がアメリカの常識でもなければ世界の常識でもない。

今、世界の覇権国家は確かにアメリカだが歴史上覇権国家が永遠に続いたことはない。今、日本だけでなく世界にとって大切なときだ。日本も自立した国家として独自の外交政策を、少なくともその姿勢を世界に示さなければならないし、それが国益に繋がると私は思っている。

藤田さんと国会で仕事ができるよう私も頑張りたい。





-2007年11月27日付-
連合茨城常陸野地協総会で挨拶

11月27日 今日は夕刻に連合茨城常陸野地協(星議長)の第2回総会が開催された。大畠県連代表、郡司参議院議員、本間ひたちなか市長さんや、第4区総支部の議員団の皆さん、そして私もご招待いただいた。星さんや皆さんのご配慮で、レセプションでは次期衆議院公認候補予定者としてご挨拶をさせていただいた。前回の総選挙はもちろんだが、落選後も変わらずに私を支えて下さっている皆さんに心から感謝です。

 

民主党は単なる55年体制下の野党ではなく、政治が切磋琢磨することなしに、国民本位の政治を実現することはできない。との信念の下、二大政党政治の確立、政権交代を、そして日本の新しい国民政党を目指し頑張っている政党です。

 

また、今の連合運動は、かっての階級闘争時代の単なる組合運動組織ではない。むしろ、サラリーマンだけでなく、商店や中小企業の経営者にとっても大切な市民運動組織である。と私は思っております。

 

2年前、茨城4区、初の民主党公認候補として戦い、その後も、連合常陸野地協の皆さんにも支えていただき、また、所得税・住民税の定率減税全廃阻止の運動等、行動をともにしてまいりました。これは、単に組合やサラリーマンの問題だけでなく、個人商店主や中小零細事業者の皆さんの生活にも直結する課題でした。

 

今、多くの市民の皆さんもそれを感じていることと思います。

 

今、NGOやNPOなど多くの市民運動組織がありますし、それも重要な運動です。それらと同じように、連合は、国民の生活に直結する課題に真摯に取り組んでいます。

 

別に、私は、連合にゴマをすっているわけではありません。これは全て事実です。そして、それら全ての国民の生活に直結する課題に取り組んでいる、日本に残された大切な最大の市民運動組織、それが連合です。国民全てが働く仲間です。

 

少しでも多くの市民の皆さんにこのことを理解していただきたいのです。

 

そして、民主党も、高野守も国民の生活が第一の政治の実現を目指して頑張って参ります。どうか、私たちとご一緒に立ち上がって下さい。民主党を応援して下さい。





-2007年11月24日付-
常陸大宮市で中村紘子ピアノリサイタル

11月23日 常陸大宮市でピアニスト中村紘子さんのリサイタルが開催された。入院前に家内がチケットを買い息子も楽しみにしていたので、午前中だけ街宣に参加、午後は仲間たちが“心配しないで俺たちに任せろ。”と言ってくれお言葉に甘えた。久しぶりに息子との時間を持てた。中村さんの演奏内容はは当日まで分からなかったが、ベートーベンのソナタ21番ワルトシュタイン、、シューベルト、アルベニス、ショパンの24の前奏曲などで、本当に久しぶりの生の音楽に、中村さんの演奏に心がなごいだ。中村さんはちょっとお疲れのような気がしたが、集まった常陸大宮市の市民の皆さんや、小中学生のためにアンコールにも5回もこたえてくれ、子犬のワルツなども弾いてくれた。

たまたま、支持者の方や知り合いの方も結構いらしていて、そんなつもりはなかったのだが演奏会が終わった後、何人かの方々と名刺交換もさせていただいた。

中村さんは、ピアニストとしてはもちろん日本を代表する方だが、「難民を助ける会」や日本赤十字のボランティアや「対人地雷廃絶」運動ではその先頭に立った方だ。いろんな方たちの力が一つになるとき大きな力になる。日本だけでなく世界にとって、今、本当に大切な時だと思う。

家内や息子もそれぞれに頑張っている。今日は、中村紘子さんからも力をいただいた。明日からまたスタートだ。





-2007年11月23日付-
中根小学校 勝田一中の思い出、子供たちを思う

今日、中根小学校の前を通った。久しぶりになんとなく不思議な懐かしさに駆られ車を止めた。父は教師で勝田第一中学校に9年ほど在職し、私も0歳から5歳ごろまで中根の市営住宅に住んでいました。私の原風景はひたちなか市の中根にあります。幼いころの記憶と言うのは、どういう訳か取り留めのないワンシーンを鮮明に覚えている。当時の市営住宅はマッチ箱のような小さな一戸建てだったが今は畑になっている。姉に連れられて中根小学校や姉の通っていた幼稚園で遊んだ記憶がある。畑のほかに広い林が周りにあったはずだが、、、。しばらく、中根を散策した。

父に連れられ、勝田一中(だと思うが?)に行った時、学生服のお兄さんが父に駆け寄ってきたのも鮮明に覚えている。それと、教え子の皆さん方の同窓会だと思うが、父と一緒に参加し目隠しをさせられ、風船割り(風船を踏みつけて割る)に挑戦、みんなに笑われたのも覚えている。

 父にとっても第一線の教師としてある意味一番充実していたのが勝田一中時代だったのかもしれない。今の常陸大宮市(旧美和村)に越してからも、父を恩師と慕ってくれる皆さんが尋ねて来てくれ、私をひざに抱っこしていただきみんなで撮った記念写真が1枚ある。私が28歳のとき父は他界したがそのとき真っ先に来てくださったのも勝田一中の卒業生の皆さんだ。

私が選挙に出ることになり、勝田一中の教え子である黒沢さんが連絡を下さり、ギャングの息子が出るんじゃ応援しないわけには行かない。と同級生回りをして下さった。ただ、何でギャング?なのか意味が分からなかったが、どうしたわけか、父のあだ名がギャング先生だったとのこと。私が心配そうな顔をすると、人気もあったしやさしいいい先生だったよ。とのこと。テニス部の顧問をしていたことも判明。それと記念写真のとき膝に抱っこしてくれた女性の方とも昨年再会できた。

今日は、そんなわけで、やはり父の教え子のSさんのお店でランチを食べた。父の話から、教師の免許更新制への疑問、いじめや不登校で悩んでいる子供たちや親御さんの話になった。私の周りでもつらい思いをしている子供たちや親御さんが何人かいる。現場を大切にした教育環境、文部省のあり方、そして何より、大人たちが作ったレールを歩けなくなった子供たちに一時的にでも休める場所をつくってあげたい。そして、自分の道を見つけてほしい。

きっと、そんな子たちの中に次代を担う、立派な戦士がいると僕は信じる。





-2007年11月17日付-
APEC 故塚原通産大臣の思い出A

今日11月17日「故 塚原俊平元労働/通産大臣を偲ぶ会」にあたり、エピソードをもう一つお話させていただきます。

当時、APEC 閣僚会議の日程が決まり、橋本総理、池田外務大臣、塚原通産大臣がそろって参加することになり、渡航の準備をしていたとき、先輩の椎名さんが秘書官で私は第一秘書でしたが、突然、官房長が私を訪ね高野さん大臣を説得してください。とかなり慌てていた。

聞けば、俊平大臣がAPEC に行かない!と本気で怒っているとのこと。

当初は通産省も大臣の冗談だと思っていたらしくほっておいたのだが、理由は、政府専用機の座席の順番だった。

外交慣例で第一が総理、第二が外務大臣、第三が通産大臣というわけだ。

政府専用機はジャンボの改良型で、アッパーデッキに特別室が2つあるとのこと。総理がアッパーの第一特別室、外務大臣が第二特別室、通産大臣は下のファーストクラスの席。決して悪い席ではないが、今回のAPEC 最大のテーマは経済問題だ。通産官僚としての誇りを持って会議に臨む姿勢がない、通産も外務も同格だ。と怒っているとのこと。

言い出したら聞かない俊平大臣だ。結局、官邸の案で、第一特別室は総理、第二特別室は総理夫人が使用。外務大臣は通産大臣と同じ席、右、左となって出発した。くだらんと言えばくだらないのだが、これは、初めてのことでいつの間にか、通産省の役人たちも塚原の発想に共鳴していた。当然、池田外務大臣は苦虫を噛み潰した表情で塚原と一言も口をきかなかったとのこと。


APEC の会議は無事終了したが、現地でまたもや事件?が起きた。今度は、各国首脳閣僚のレセプションにミスター塚原が出席しないと言うのだ。これも席順が理由。先ず、各国首相、外務大臣、経済閣僚の順にテーブルが並ぶ。いわゆる外交慣例だ。当然、当初はなぜ塚原が来ないのか各国経済閣僚が困惑したが理由を聞き各国経済閣僚は納得。30分遅れで塚原が会場に入ると各国経済閣僚が総立ち拍手の出迎え、橋本総理も笑っていたそうだ。


俊平先生への評価はいろいろだろう、しかし、私は実にユニークな政治センスを持った天才的政治家であったと思う。門前の小僧ではないが本当に話せば尽きない思い出、そして、多くのことを教えられた。常に私を信頼いただきいつも気を使ってくれていた。偲ぶ会の日に当たり、思い出をつづり改めてご冥福をお祈り申し上げます。





-2007年11月17日付-
日米交渉 故塚原通産大臣の思い出@

今日11月17日は、「故 塚原俊平元労働/通産大臣を偲ぶ会」が日立市内で開催された。私の政治の師であり学生時代から約17年行動を共にさせていただいた。ゆかりの方々や旧友達との再会を楽しみにしていたが、家内が倒れ入院中のため出席できず申し訳なくまた残念でもあり複雑な心境です。塚原大臣との思い出は尽きないが外交交渉でのエピソードを少しお話したいと思います。


塚原大臣は俊平ちゃんの愛称で皆さんから慕われていた。橋本龍太郎さんが総理になりその後継として通産大臣を拝命した。俊平大臣は「僕、英語ぜんぜんだめなんですけど?」と言った時、橋本総理は「僕も喋れないから言うわけじゃないが、俊平ちゃんらしく日本語で、通訳の方を信じて、かつ、通訳を気にせず堂々とやればいいんだ。全く問題ないよ」とのこと。つまり、大切なのは、むしろ身振り手振り、政治家としての迫力であり、相手に伝わる熱意、思いやり、感情は何語かではないし政治家の役目は通訳ではない。ただ、挨拶ぐらいはできた方がいいがとも。


バシェフスキー米国通商代表との日米交渉の際、坂本通産審議官らが同席した。長い交渉の末、米国側から坂本は信用できない。との発言があった時、塚原は立ち上がり感情をあらわに机をたたき「坂本の名誉のために言う、彼は国を思い自らの信念を言ったのであって決して嘘を言っているのではない!」ときっぱり反論。米側はたじろぎ、また秘書官らの制止を振り切り「帰るぞ」とそのまま飛行場へ向かってしまった。飛行場へ到着寸前にバシェフスキーから直接電話が入り、会談は再開され日本側は一定以上の成果を得た。

塚原が急逝し数年たち、ある新聞に坂本さんが塚原大臣らとの思い出として書いた投稿記事が掲載された。あの時の大臣の言葉は私にとって生涯忘れられない思い出となった、、、、、と。 実は、坂本さんは当初、橋本大臣で日米交渉をやりたかったのに、とよく言っていた。塚原さんに仕えた秘書の私にとって、坂本さんの投稿記事はうれしかった。


塚原は私をいつも気遣ってくれた。無理はするなよ。そんなに頑張らなくてもいいんだぞ。今もそう言われてるような気がする。しかし、これも私らしい生き方だ。とも思ってくれていると思う。俊平さんが急逝して約10年、いろいろあったが、民主党茨城4区の公認候補予定者として頑張ります。と俊平先生のご霊前にあらためてご報告したい。





-2007年11月17日付-
現職は国会で私は地域で民主政権めざす

15日は朝から後援会関係者や民主党茨城4区の西野宮幹事長と打合せで夕方までアポを取っての一日でした。山田洋行社長の参考人質疑や守屋前防衛省次官の証人喚問も気になり、午前中は、移動中にラジオのスイッチを入れた。丁度、参考人質疑が行われており民主党の質問だった。参考人質疑では限度もあるが、私も国会の場で質問に立ちたい。との強い思いに駆られたが、午後は、ラジオのスイッチは入れなかった。

 

落選中の新人の第一は、選挙区で私という人間を少しでも理解していただき、民主党の存在意義、そして、政権交代可能な政治体制の確立のため歩く以外ないと思った。午後の守屋前次官の証人喚問で民主党の浅尾議員や茨城選出の先輩である藤田議員の活躍を祈り、地域活動に徹した。

逆に、夕方にお会いした後援者から、なかなかいい質問してたよ。と教えられ少し安心した。

 

ねじれ国会の厳しさは続くが、現職は先ず国会で、私のような未当選の新人、衆議院公認候補予定者は地域活動に徹し民主党の必要性を、政権交代可能な政治体制の確立、民主党政権樹立を目指し頑張るのみです。





-2007年11月14日付-
農家支援法参院可決 郡司彰農水委員長

11月9日 民主党提案の「農業者個別所得保障法案」が参議院で可決され衆議院へ送付された。これは、郡司彰 参議院農林水産委員長を中心に、民主党がまとめ上げた日本の農林業等の再生プランに基づく最初の法案です。自民党はこれをバラマキだと批判するが、これは単に農家だけでなく日本国民の食の安全保障、自給率向上など全ての国民生活に直結する課題だ。今の農業政策では日本の農林業は崩壊する。

年間2兆8000億もの税金が投入されているが、日本の農家への個別所得保障はわずか0.7%だ。イギリスが71%、フランスが52%、アメリカは46%だ。個別所得保障制度は世界の常識です。今の自民党の農政こそバラマキです。政策を見直し税金の無駄遣いをなくし、税金の使い方、簡単に言えば大切なお金を国民生活にとって必要なところに流れるようにする。もちろん農政だけではない。






-2007年11月13日付-

不思議と許される?自民党のエゴ

国民の生活に直結する政策協議は重要だし今もちゃんとやっている。小沢党首や民主党への批判が目立ったが、前にも書きましたが、先ず、安倍総理の突然の辞任による国会空転。更にネジレとは言え、自民党、福田総理が大連立を提案することそのものが大変な問題だ。自民党は政権維持なら何でもありでも、自民長期政権のイメージの一つ、老舗は老舗だから許されちゃうのだろうか?かつては、村山さんを総理にして社会党と連立し政権を維持。また、公明党とは壮絶な戦いをしていたが今は絶対に離れられない。そして、今度は、政治の安定、国民のためにとの名の下に、我が民主党への連立提案。

今、日本の未来にとって極めて大切なときだ。落選中の新人の私の第一は先ず選挙に勝つこと、議席を得なければ何を言っても始まらないのが現実だ。政権交代可能な政治体制の確立、当選を目指し茨城4区の地で頑張るのみです。





-2007年11月5日付-

日常活動に徹するのみ、草の根街宣出発

高野守を支える「草の根会」今日の街宣当番は、AさんとHさんだ。「おはようございます」朝7時半集合。今日はひたちなか市へ出発だ。政局的報道が紙面を飾っているが、落選中の新人である私の活動に変りはない。この二年一人で街宣してた私を見て、私の志を信じて下さり自ら手伝ってくれてる恩人だ。午後4時半ごろ小沢代表辞任のニュースが流れた。「大切なのは国民本位の政権交代可能な真の民主政治だ。とにかく頑張りましょうよ」この人は某一流大学(学生運動で)中退。いわゆる団塊の世代だ。「高野さんのような人こそ、今の政治に必要なんだ」とも言ってくれた。僕を気遣ってくれているのだ。

明日も政局報道が紙面を飾るだろう。大切なのは何か?私自身は勿論だが、特に民主党幹部、現職国会議員、そしてマスコミ各社に、冷静な対応を求めたい。

「ふるさとを守る。日本を守る。」高野守は、政権交代可能な二大政党政治の確立、真の民主政治の確立をめざし、茨城4区の地で頑張るのみです。





-2007年11月5日付-

自民の連立構想?日本の未来 市民ボランティアの心配と怒り

「まもちゃん、昨日のニュースや新聞で見たけど、まさか連立なんてしねえべな!小沢も党に持ち帰って協議するなんて、その場で一蹴すればいいんだ」

今朝8時、市民ボランティアの一人T先輩だ。今日は那珂湊方面への街宣だ。8時集合で、自宅に来た途端、「なんだありゃ…」と。15分ほど話し「分かったよ。まぁ、元気に行ってくっぺ」いつもの笑顔で出発してくれた。今日は、私が行けないので代わりに二人で行ってくれた。本当にありがたい。

 

小沢さんは、原則を貫く政治家だ。連立は絶対ない。既に、党としても正式に拒否した。国会審議も十分でない中での党首会談そのものが本来リングの外の話いわゆる談合、密室政治になりかねない。かつて国対委員会も止めるべきとの議論もあった。先輩は怒っていたが、小沢さんが、その場で一蹴しなかったのは、本来リング外の二人だけの話をいくら党首と首相といえども、その場で受諾も拒否も本来の原則ではないし、先ず、党に、国民に内容を明らかにする必要からだ。と私は思う。何より国会での審議を尽くしていない。

 

今回の国会審議の遅れの責任の第一は自民党にある。自民党総裁であり一国の首相たる安倍さんの突然の辞任。いかなる事情があったとしても、国会の混乱、空白、会期の厳しさを招いた自民党の責任は重い。それに、重要法案は、テロ特措法だけではない。

 

更に今度は、一国の総理である福田さんが、この段階で連立構想を持ちかけること自体が大変な問題だ。徳川慶喜侯が大政奉還により明治維新へ繋がったが、今は、議会制民主主義であり総選挙で民意を問う以外選択肢はありません。

 

そして、今度こそ日本の未来を決する、政策の中身を選択する、本当の政権選択の選挙にしなければならない。もし次期衆議院選挙が一つのテーマで、しかも見出しだけで賛成、反対を問う小泉流選挙に終われば、日本の未来はない。本当に私はそう思う。





-2007年11月4日付-

茨城4区「時代屋の女房」とともに 

11月1日にブログを立ち上げました。[民主党茨城4区 高野守 Blog]。茨城4区は、民主党が結党以来一度も候補者を立てていなかった選挙区で、前回、私が民主初の公認候補として戦いました。相手は故 梶山静六氏の長男弘志さんで、吹き荒ぶ小泉旋風の中、あっ、自分は、梶山静六さんと戦っているんだ。と自民王国茨城と約10年耕さなかった田んぼや畑の固さ?を改めて痛感した選挙でした。

 

今まで、ホームページ、この【まもるのメッセージ】「まもちゃんは行く!活動ニュース」等で、私の考えや政策、地域周りで感じたことなど情報を発信して参りましたが、これからはblogからも情報を発信してまいります。重なるところもあると思いますがブログも見ていただければ幸いです。

 

茨城は、保守王国(保守とか革新とかの時代ではありませんが)といわれてますが、歴史の節目、節目では多くの先人たちが、常陸の国から立ち上がっています。私とは比べものになりませんが、古くは、大化の改新を成し遂げた藤原鎌足(中臣氏鹿島の神主の息子)、平将門、大石内蔵助(浅野家も大石家も元は茨城)、そして桜田烈士(多くは今の茨城4区出身)などです。

 

落選中の新人の活動は、地域の皆さんとの触れ合い、挨拶回りや街宣が中心です。家内と子供は東京生まれ東京育ちですが、茨城でそれぞれ頑張ってくれています。時々、家内がテープ街宣をしてくれますが、「これってまるで映画の『時代屋の女房』ね。骨董品?屋の女房役の夏目雅子が、軽トラックに乗って下町でスピーカー流してた。。。」 脱帽です。

 

先日は、岡田克也元代表が来て下さり、2箇所で演説会を開催。大宮会場約600人、ひたちなか会場約300人の支持者が集まって下さり、感謝で一杯です。

 

茨城4区は、八溝山系から太平洋まで、山から海へ、大子町・常陸太田市・常陸大宮市・那珂市・東海村・ひたちなか市へと続く選挙区です。

 

政権交代可能な真の民主政治の確立。これからも、「ふるさとを守る。日本を守る。」を合言葉に、茨城4区の地で頑張ります。




-2007年11月3日付-

農林業、ふるさと再生への私見

ふるさと回帰運動で農林業後継者の育成を


農業に年間2兆8300億円もの予算が投入されている。今まで、どれだけの税金が使われてきたのか。しかも、食料自給率は40%を切り、4ha未満の農家(全農家の95%、耕地面積の約60%)は切り捨てられ、以前も触れたが、日本の農林業は瀕死の状態だ。

私は、大胆な農業政策の転換が急務だと思っている。例えば、里山再生政策だ。地籍調査により、境界線が引かれ、昔から地域の人たちが共同で使っていた木だし道、大体1メートル幅の里山道が山林から消えてしまった。

スーパー林道など多額の費用をかけた林道は、実際には、観光道路みたいなもので、木出し道としては使えない。山の中腹から8合目あたりを通っているのがス―パー林道だ。地域の人、特に私のふるさとで、山仕事をしている人たちは、税金の無駄遣いだ。と怒っている。

伐採した材木をスーパー林道までどうやって引き上げるんだ。無理だよ高野さん。しかも、スーパー林道は単価が高く、大手や準大手が頭で、地元の業者は、日当プラスアルファの利益があるかどうかぎりぎりだ。

私は、里山道、つまり、本当に役立つ木出し道・本当の林道整備が急務だと思う。これがなければ、間伐もできず、山は荒れ果て、あと10年持たないよと地元の人から教えられた。できれば1,5メートル幅の道がベストらしい。

こうした道を国が買い上げ整備すれば、地権者にもある程度お金が落ちるし、こうした道の整備費は単価が低いので、地元業者が直接受注可能だ。しかも間伐ができるようになる。

そして、ふるさと回帰運動だ。フリーターやニートのみんなに、山や農業に従事することを条件に土地と家を例えば10年をめどに政府があげればいい。家は間伐財のログハウスとする。間伐が進み山も再生する、また間伐材の利用促進につながるし、田舎の土地は安いし、今の農業予算の無駄遣いから見れば、たいした費用ではない。大工さんの仕事も増える。

家は、500万もあれば十分できる。無駄な林道整備や、農業土木事業よりはましだ。売れそうな山ばかり、大手や外資に買い占められる前に、きちっとした政策で、地域の再生の道筋をつけなければならない。

前にも触れたが、自民党は、戸別所得補償にしても、すぐ、ばら撒きだというが、大切なのはお金の使い方、大切な国民の税金をどう使うかということです。無駄をなくせばいろんな政策を実現できる。

二大政党政治、政権交代とはそう言うことです。




  -2007年10月26日付- 

自民党の農政は正にNO政だ!

4ha未満の農家切捨て、

ある運転代行アルバイト、農家の怒り

朝から選挙区を一回りし、夜、小学校時代の恩師の家に寄った。疲れた時たまに寄る。いつでも何時でも歓待してくれる、大好きな先生だ。今日は、いい酒があるんだ、一杯やってけよ。お言葉に甘えて楽しい酒を飲んだ。

代行を呼んでくれて、車に乗った。つい、「もう疲れた。」と独り言を言った途端、「高野さん、元気出して頑張ってくださいよ!」運転士さんだった。

「僕のこと分かるんですか?」「だって、スピーカーついてるし、何時もポスター見てますよ。」スピーカーのことを忘れていた。「今度は、絶対、高野守って書きますから」「この前は僕じゃなかったの?」「すみません。」二人で笑った。正直な人だ。

約2ヘクタールの田んぼと、1ヘクタール?の畑で、やっていけず、夜、運転代行のアルバイトをしているとのこと。機械が故障し稲刈り前に新しい機械を購入しようと相談に行ったら、以前は補助の対象になったのに、4ヘクタール未満は補助が出ないといわれた。もう農業は辞める。いつそんな制度になったのか!かなりの怒りだった。

実は、正確には耕作機械の補助はまた別の話だが、担い手育成(聞こえはいいが)の名目で、4ヘクタール未満とそれ以上の農家でいろんな形で大きな差が出ている。もう自民党にはだまされない!運転士さんの怒りは当然だ。

毎年約3兆円もの巨額な資金を投入し、田畑は荒れ、山林は荒廃し、食糧自給率は下がる一方だ。実は4ヘクタール未満の農家が、日本の全農家の実に95%を占める。このことは思ったより知られていない。

これは、農家だけでなく、食の安全の問題など消費者、国民の生活に直結する大変な問題です。自民党の農政は正にNO政だ。といわざるを得ない。

今後、できるだけパソコンに向かう時間も作り、私の農業や、教育、外交、あるいは普段感じ、考えていることを書いていきます。





 -2007年10月26日付- 

今の政策では日本の農林業は崩壊する。

戸別所得補償は世界の常識

4ha未満が日本の全農家の95%、耕地面積の約60%を占める

自民党は、戸別所得補償政策をばら撒きだ。と批判するが、北海道や一部の農業特区で対応可能な地域はあるが、集落営農の場合は20ha以上が条件。このままでは、日本の農業は崩壊する。

戸別所得補償制度は、もはや世界の常識だ。農業所得に占める戸別所得補償の割合は、イギリスが71%、フランスが52%、ドイツが50%、アメリカが46%、わが日本はわずか0,7%だ。

実際、私の選挙区である茨城4区、特に大子町・旧緒川・美和・山方・金砂郷・水府・里美は4ヘクタール以上の農家は、私の記憶ではゼロ。大宮も殆んど対象外。それに、いずれ4ヘクタール以上でもこのままでは経営は困難だ。

現在の日本の耕作面積は確か約470万haだと思うが、農水省の資料(2005年農林業センサス)によると、農家総戸数は約285万戸、内、4ヘクタール未満の農家は実に約273万戸。なんと95%以上が4ha未満の農家である。

しかも、正確には農水省でさえ資料により数字がばらばらだが、耕作面積で見ると、4ha未満の農家の耕作面積は日本の全耕作面積の約60%を占める。もし、今の制度が続き、4ha未満の95%の農家が農業を辞めれば、60%の耕地面積が失われかねない。

これは、恐ろしいことです。数字の出し方はともかく、これは、放置できない喫緊の課題です。水産や他もいろいろあるが、いずれにせよ、このままでは、日本の食糧自給率はあっという間に30%、20%を切りかねません。

後継者がいないから、しょうがないとか、食料は国際分業だ。などといって済ませられる問題ではありません。

「農は国家なり」これは農家だけの問題ではなく、国民の命に関わる、国全体の喫緊の課題です。

私は、自らの前回の衆議院選挙公約で自給率100%をめざす。と書きました。このとき、農水省の友人や民主党関係者からも無理だとか言われましたが、今、小沢一郎代表が党のマニフェストに入れていただいています。食料の安全と自給は国家として、政党として、政治家として当然の責務です。

私の考える、農林業の後継者育成、他、中山間地域の活性化については、またの機会に述べたいと思います。





-2007年10月8日付-

市民の皆さんへ
 二大政党政治とは、いわゆる保守・革新の選択ではありません。

民主党は、単なる野党ではありません。日本の新しい国民政党です。

また、連合は単なる組合組織ではなく、日本の大切な市民運動組織です。


民主党は単なる55年体制下の野党ではなく、政治が切磋琢磨することなしに、国民本位の政治を実現することはできない。との信念の下、二大政党政治の確立、政権交代を、そして日本の新しい国民政党を目指し頑張っている政党です。

また、今の連合運動は、かっての階級闘争時代の単なる組合運動組織ではない。むしろ、サラリーマンだけでなく、商店や中小企業の経営者にとっても大切な市民運動組織である。と私は思っております。

2年前、茨城4区、初の民主党公認候補として戦い、その後も、連合常陸野地協の皆さんにも支えていただき、また、所得税・住民税の定率減税全廃阻止の運動等、行動をともにしてまいりました。これは、単に組合やサラリーマンの問題だけでなく、個人商店主や中小零細事業者の皆さんの生活にも直結する課題でした。

今、多くの市民の皆さんもそれを感じていることと思います。

今、NGOやNPOなど多くの市民運動組織がありますし、それも重要な運動です。それらと同じように、連合は、国民の生活に直結する課題に真摯に取り組んでいます。

別に、私は、連合にゴマをすっているわけではありません。これは全て事実です。そして、それら全ての国民の生活に直結する課題に取り組んでいる、日本に残された大切な最大の市民運動組織、それが連合です。国民全てが働く仲間です。

少しでも多くの市民の皆さんにこのことを理解していただきたいのです。

そして、民主党も、高野守も国民の生活が第一の政治の実現を目指して頑張って参ります。どうか、私たちとご一緒に立ち上がって下さい。民主党を応援して下さい。




 

-2007年9月24日付-

9月24日 民主党茨城第4区演説会を開催

第一会場 頑張れ!たかのまもる激励の集い(常陸大宮市)

第二会場 高野守ひたちなか市議選、民主党勝利へのひたちなか市)


御礼ご挨拶

岡田克也民主党元代表を始め、大畠衆議院議員、郡司参議院議員、藤田参議院議員、そして、小林元前参議院議員も駆けつけてくださいました。

多数のご来場、本当にありがとうございました。心から感謝申し上げます。大宮会場には約570人、ひたちなか会場には約300人の方々がお越し下さり、立ち見やご入場いただけなかったにもかかわらず、「良かったね。頑張れよ!」とお励ましいただき本当にありがたく又不手際を心よりお詫びいたします。

二大政党政治の確立、政治が切磋琢磨することなくして国民本位の政治は実現できません。

私、たかのまもるは国民の生活が第一の政治を実現するため、厳しくとも、このふるさと茨城第4区の民主党公認予定候補として頑張ります。これからもご指導賜りますよう宜しくお願い申し上げます。

高野守を支える「草の根会」について

また、この機会に、高野守を支える「草の根会」を発会してくださいましたことに、幹事の皆様を始め、多くの方にお世話になり、心から御礼申し上げます。

この会は、従来の後援会の形式は取らず、規約もなし、会長、支部長もなし、党派は問わず、入退会も自由です。各地域幹事会運営方式とし、条件はただ1つ、高野守を支え新しい政治の流れをつくる草の根運動の会です。会合は会費制といたします。

各地域幹事としてご協力いただける方、また、会員となっていただける方、草の根ですから、どんな形でも結構です、どうか多く皆様のご協力を心よりお願いいたします。




 

-2007年9月14日付-

ふるさとを守る。日本を守る。

ふるさとを再生し、国民の手に政治を取り戻す。

政権交代可能な、真の民主政治の確立。

それが私たち民主党の使命です。


今の日本、本当にこのままで良いのでしょうか?地域格差、所得格差は広がり、山林は荒廃し、4ha未満の農家は切り捨てられ、商店街も衰退し、私たちのふるさと、地方は疲弊しています。

ふるさとを再生し、国民の生活が第一の政治を実現するには、二大政党政治の確立、政権交代以外にありません。政治が切磋琢磨することなしに国民本位の政治はできません。

わたくし、高野守は、前回、茨城第4区初の民主党公認候補として戦いその後もこの2年間、「ふるさとを守る。日本を守る。」を合言葉に、多くの皆さんに助けていただき、厳しくとも民主党の旗を揚げ続けて参りました。次の衆議院選挙は正に関が原の戦いとなるでしょう。

大変厳しい選挙になることは覚悟の上ですが、逃げるわけには参りません。政権交代可能な、真の民主政治の確立、それが私たち民主党の使命です。どうか、多くの皆様のご支援を心からお願いいたします。




 

-2007年8月14日付-

岡田克也元代表からの電話

高野守支える「草の根会」結成へ


毎年、8月14日は、三浦杉 (樹齢約1000年、相模の国、三浦一族・三浦大介基安翁が勅命による九尾の狐退治の必勝祈願の際のお手植えの杉とされる。水戸光圀公が命名)を植樹したとされる大介の坐像をご神体とする三浦神社(元はお寺であったため14日が大祭)の例大祭の日である。

事務所に戻ると岡田さんからの電話で、9月24日に茨城4区の高野さんの応援にいけるとのこと。早速、党第4区三役及び、常陸野地協、後援会と相談し来ていただくことになった。

さらに、この際、高野守を支える草の根運動を展開し声がけをしようということになり、各市町村単位で地域幹事をお願いすることになった。

ただ、従来の後援会形式は取らず、従って規約もなし、会長や支部長も決めず地域幹事会運営方式とすることとなった。幹事会は上も下もなし、年齢も関係なく党派も問わず、入退会も自由。唯一つ、高野守を支え新しい政治の流れを作りたい方。を条件とした。

不安もあったが多くの皆さんに支えていただき4区内全域で、一ヶ月で84名の方が幹事を承諾、又は前向きに検討いただいている。

厳しいこの茨城4区で、これまで私を支えて来て下さった多くの方々、そして、三浦杉と岡田克也さんに、今、改めて感謝の気持ちでいっぱいです。




 

-2007年8月11日付-

参議院選挙を終えて、勝って兜の緒を締める

茨城のような2人区は政策的な理解が進んでいない

衆議院選は、民主党への政策的理解と支持なくして勝利はない!


茨城選挙区では藤田幸久さんがトップ当選を果たし、皆様に大変お世話になり、本当にありがとうございました。民主党茨城第4区総支部幹事会の皆さんも全力を尽くして下さいました。

ただ、地域回りで感じたことは、1人区などは、小沢代表が農村部に入り、積極的に民主党の農業政策や年金政策等をアピール、民主党の政策への一定の理解と支持・期待が進んだと思われるが、茨城のような2人区では、農村部などで、今の自民党の政策、例えば、4ヘクタール未満の農家の切捨ての実態。民主党の戸別補償政策などは一般には殆んど知られていない。と感じた。 

2人区は、どうせ民主・自民の2人で決まりだろう、といった雰囲気の中、全体としては茨城もトップ当選できたが、今の与党の政策でむしろ一番疲弊している地域で、政策的理解が進まず、支持がいまひとつであり、敵失で勝った印象が否めない。

これから、今の農政・林業政策・年金制度などを始め、現政府与党の政策の実態と問題点を明らかにし、民主党の政策をアピールし政策で勝負し、本当の関が原である次期衆議院選挙に臨みたい。

           (民主党茨城県連常任幹事会 参議院総括で、発言させていただきました)




 

-2007年4月29日付-

今年だけで実に2兆円の実質増税


今年、19年1月に所得税の定率減税が全廃され1兆3060億円の実質増税、5月の国民保険料引き上げ400億円、6月に住民税の定率減税が全廃され4274億円、9月には厚生年金保険料の引き上げが3200億円。

これだけでも、実に2兆934億円の実質増税であり、さらに、消費税の引き上げ検討など、今年は国民生活に直結する税や年金において大増税が行われ、格差拡大が深刻化しています。

年金制度はもちろんのこと、税体系の根本的見直し、そして何より、税金の無駄使いをなくし、国民本位の税金の使い方など、税制、金融体系の再構築が必要です。

民主党は、高野守は、昭和天皇や仁徳天皇に学び、庶民の生活、国民の生活が第一の政治の実現を目指し全力を尽くします。

                                                               (昭和の日にあたり)



 

-2007年2月11日付-

今、改めて思うこと
今のままで本当に良いのでしょうか?


やはり、私は、単に民主党のためと言うことではなく、二大政党政治の確立、自民党に代わり得る、日本の新しい国民政党が必要と思っております。市場原理主義、行き過ぎた競争社会のひずみが弱いところに押し寄せ、格差も広がりつつあります。

将来の日本、子供たちの未来を思うとき、生意気なようですが、やはり、弱きものに涙する、心ある政治、内政・外交ともに、新しい価値意識を持った自立した国家としての戦略的政策を実現しなくてはなりません。

目指すべき方向は、開かれた政治、分権国家、単なる経済的豊かさだけではなく、心の豊かな社会・ふるさとの創造、潜在的には多くの皆さんが願っている新しい価値意識を持った国家の創造です。

価値観によって、人は幸せにもなるし不幸にもなります。教育においても、点数至上主義ではなく、体験し、感じ、考えることが大切です。

また、食料、エネルギー、年金、税制、医療など、いくつかの重要な政策立案には、国家の運営規模・人口目標の設定など、難しい課題ですが、経営的戦略が重要です。 そして、国際社会の中で誇りの持てる自立した日本の創造です。

国としての自立がなければ、他国と対等で意味ある関係を築くことはできません。テロリズムもその一つですが、文明の衝突と言うべき現象も起こっています。各国の軍事力の存在、対立は、無視できない現実ですが、国際社会の連帯を目指す中で日本を守って行きたい。私たちの国、日本にはまだ可能性があります。国際社会の中で果たすべき役割もあります。

今、日本を見つめなおす時です。

子供たちの未来を守る、新しき日本の創造。単なる夢で終わらせたくありません。
                                                  (建国記念日にあたり思いをつづりました)



 
-2006年7月1日付-

次代の戦士!障害者や子供たちを思う

今まで弱者や福祉と言うと、私はすぐにお年寄り・老人福祉・介護のことを思った。 もちろんこの問題は大切だし、高齢者は増加する。でも、最近、障害者はもちろん、不登校や登校拒否の子供たち、引きこもりの子供たち、自殺してしまう子供たちのことを考える。

たまたま私の周りにそのことで悩み苦しんでいる親やお子さんが何人かいる。親御さんやその子供たちにだけ問題があるとは思えない人ばかりだ。むしろ真面目そうな、本来やさしい子が、そして元気だった子が多いような気がする。経済至上主義、競争社会のひずみが、弱いところに来ている。障害を抱えた児童や不登校の子供たちにもっと目を向けて行きたい。

教育基本法もそうだが、文科省のあり方も改めて考えたい。大胆な発想の転換も必要ではないか。例えば、いろんな学校の形態があっていいと思う。理論的におかしくても、いわゆるフリースクール的な公立の学校があってもいいと思う。

少なくとも、大人たちがつくったレールを歩けなくなった子供たちに一時的にでも休める場所をつくってあげたい。そして、自分自身の道を見つけてほしい。

きっとそんな子たちの中に次代を担う戦士がいると僕は信じる。




 
-2006年6月22日付-

歴史の検証の重要性、靖国神社とは?

私は神主でもあるので一言。一例として、靖国神社とはいかなる存在か。靖国に眠る御霊は国に殉じた純粋なる魂でありお守りしていかねばなりません。しかし、靖国は明治政府が植民地支配から日本を守るため殖産興業・富国強兵を進める中で国威発揚のためにとった国家神道政策の象徴的存在であり、政治的産物であることも否めません。当初は東京招魂社という霊廟であった。

大戦後、国家神道政策の功罪への総括が行われず曖昧なかたちとなり、神道=国家神道=靖国神社=A級戦犯=戦争となり本来の神道と靖国の姿は見えぬままです。

神道は純粋に心の道であり国家神道は政治政策です。本来は靖国を政治的呪縛から解き放ち靖国廟という霊廟として内外に知らしめ外交への障害を取り除ければと思います。

また、神道は世界の宗教を内包しているともいえるのです。例えば金毘羅神社はヒンズー教のクンピーラ神を祭ったものです。日本人が外国の食事や文化を受け入れ易いのもその辺に鍵があるかもしれません。神道も結構面白いのです。

今、日本を見つめなおす時です。



 
-2006年6月11日付-

見出しだけの賛成・反対政治、もうやめなきゃ日本が滅ぶ

小泉自民党政治は、中身を語らず、見出しだけで小見出しも無く賛成・反対を国民に問う、極めて危険で国民を愚弄した政治手法です。
重要なのは改革の中身です。憲法改正までこの手法でやられたらたまりません。

改正に賛成か反対か?だけなら私も賛成です。しかし憲法や法律は、一行どころか下手すりゃ一文字違っただけで全く違ったものになりかねません。

長いものに巻かれろできっちりした議論から逃げる政治家は要りません。



 
-2006年6月11日付-

憲法について

当たり前だが、米国は国際戦略上、米国の国益を第一に日本と関わっている。現憲法も第9条も当時の米国の国益からそうしたに過ぎない。決して日本に平和になってもらいたいと思ってそうしたわけではないだろう。そして、今度はまた今の米国の国益を第一にテロの名の下に、日本の憲法改正を願っているようだ。

私も憲法の見直しは必要と考えるが、あくまで民主党政権下で行わなければならないと言う強い思いを持っています。
自民党は結党以来、自主憲法制定を党是とし、今、自主憲法制定の名の下にそれを実行しようとしているが、果たして本当の意味での自主憲法制定と言えるのか、軍事力の問題はあるが、あくまでも米国は日本の重要なパートナー、協力・協調は大事だが日本国民が第一。

また、憲法はしょっちゅう変えられるものではありません。少なくとも50年先を見据えなければなりません。いろんな意味でかたちは重要です。もし自民党政権下で改正となれば、民主党政権は無理?民主党が主導できるよう頑張ります。



 
-2006年5月8日付-

薩長愚連隊論と民主党と支持者

永田メール問題発生の時、保守系の支持者から、高野さんどうして民主党から出たのこれからどうするの?と真面目に心配された。

僕は、こう応えた、竹中・小泉自民党の政策、その方向は、私とはあまりにずれずれでどう合わせようとしても合わない。
正しくない、これが第一の理由。

第二に民主党も確かにいまいちだが、考えてみれば幕末の薩長も幕府に比べれば愚連隊のようなものだったかもしれないし、高杉晋作の奇兵隊が挙兵したときみんに馬鹿にされたがそれからわずか5年の後に明治維新は成し遂げられた。

たとえ未熟であっても新しい時代は、新しい政治集団でなくてはこれを切り開けないと思うし、旧体制を引きずった政党では駄目だと思っている。と説明したつもりだったが、そんなことじゃなくて当選してほしい何とか国会へ行ってほしいと思っているだけだよと言われた。頑張ります。



 
-2006年4月8日付-

政策ってな〜に?

当たり前のことですが、国を守り、国民を守ることが基本。グローバリズム、国際協調の中でも、独立国として、自立した国家として、国民の視点、感覚から離れたら何にもなりません。



 
-2006年4月8日付-

自民党の政策はアメリカが基本?

米国は重要なパートナーです。協力・協調は大切、しかし、基本はあくまで日本国民。 かつての、例えば日本長期信用銀行・金融改革に見られるように、8兆円もの巨額な税金を投入し、結局、米国のリップルウッドにわずか10億円で売り渡す、しかも日本政府保証つき、こんな二束三文で外資に売り渡すような処理の仕方は、国民の生命・財産を守るという観点を失った結果と言わざるを得ません。

当時、政権は自民党森内閣でしたが、私は、この時、こりゃも〜とてもじゃないけど自民党は終わりだと思いました。その後の小泉・竹中改革はこうした姿勢の延長と言わざるを得ません。

民主党は、高野まもるは、あくまで国民の生命・財産を守るために具体的政策を立案、実現してまいります。



 
-2006年4月3日付-

民営化、その後どうなるの?

郵政事業は民営化が決まりました。最近はこの問題について、ほとんど報道もされません。私は元々民営化そのものに反対ではありませんでしたが、選挙では、賛成か反対かだけで、改革の中身を争点にされなかったのは残念です。大切なのはあくまでどういう民営化にするのか、その中身、運用です。

今、どういう方向で進んでいるのか?私は正直心配です。言うまでもなく郵政改革は郵便事業の改革だけではなく、金融改革でもあります。私は、例えば、日本の金融再生を考えたとき、郵貯・簡保は世界最大の金融機関であり、その規模から言って、日本の金融再生の最後の砦になり得る大切な日本のシステムであり国民の財産であると考えます。間違っても、かつての長銀の処理のように二束三文で外資に売り渡すような結果にするわけには行きません。



 
-2006年3月5日付-

難しい課題ですが、
政策立案における人口目標の設定も重要

私は、本来、人間は出来るだけ自然のままに任せるべきと考えますが、良かれ悪しかれ文明が発達した今日、年金改革のみならず、いくつかの重要政策立案には、難しい課題(かつてシンガポール等では失敗)ですが、国家として将来の人口目標の設定等経営的戦略が重要と考えます。

例えば、出生率1.31とすると2050年の日本の人口は6000万人台前半(社会保障人口問題研究所)とされるが、2050年に6000万人でいくのか、政策的努力で、仮に2000万人増やし8000万人でいくのか、不十分なら、あるいは目標を達成できなければ外国人労働者を受け入れるのか受け入れないのか、によって整備すべき制度、具体的政策が変わるし、決まっていく。

従って、国家としてどの位の人口規模で国を運営していくのか、その目標設定が重要と考えます。

農業政策・食料自給率向上― 極めて大雑把な見方だが、仮に、2050年に6000万人でいいなら人口が約半分になるのだから現在の耕地面積477万haを維持すれば、日本人だけなら他に何もしなくても自給率が現在の40%から2050年には80%になる。

8000万で、自給率80%でいくなら、プラス2000万人の食料確保のための耕地面積の確保と農業労働力の確保が必要となる。
自給率60%ならまた変わってくる。ちなみに現在の人口で自給率100%には約1200万haの耕地面積が必要。

外国人労働者を受け入れるなら新たな法整備や制度も必要、当然その食料確保も必要となる。

バイオ技術の開発による食糧増産。

農業政策・担い手の確保― 農協の株式会社化、意欲ある農業法人への優遇処置等を進め、農業就労者への土地・住宅取得等の大胆な優遇処置。農業の新しいシステム化により農業のイメージを変え、都市のフリーターなど若者の農業就労意欲を高める。

安全な食料への国民意識の醸成。

少子化対策― 仮に、2050年に8000万人でいくなら、政策的に2000万人の人口増が必要。

このようにいくつかの重要な政策立案には大変難しい課題
ですが、やはり人口目標の設定、国家の運営規模等、経営的戦略が重要だと考えます。






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【 NEWS Topics
-2006年2月25日付・民主党号外ニュースより-

ふるさとを守る。日本を守る。
高野まもるさん、
新たな決意で再出発いたしました!

昨年12月高野支部長が公認予定候補に決定されました。

私達は、志を持って立ち上がった高野さんを国会に送るべく全力を尽くします。

皆さんの尚一層のご支援を心よりお願い申し上げます。

頑張れ高野!負けるなまもる!(4区総支部戦友一同)
日本をぶっ壊されたらたまらない!(ちょっと一言)

日頃のご支援に感謝申し上げます。今年は顔で笑って心で泣かず、希望と信念を持って小泉自民党政治と闘います。

米国は富の90%を2割の人が占めると言われています。つまり、100万円の利益の内90万円を2人が取り、残りの10万円を8人で分け、1人12500円で生きなければならない社会です。

小泉・竹中政治は正に効率優先、走りそうな機関車に富を集中、強力な機関車をしたて国を引っ張ろうという手法ですが、実際は国民の多くは引っぱっていってくれるどころか格差が広がりつつあります。

一体何のための改革なのか?改革の名の下にいろんな所が危ない日本、土台まで壊されたらたまりません。

ふるさとを守る。日本を守る。高野まもるは、日本の新たな国民政党を目指し頑張ります!




【 NEWS Topics
   -2005年2月15日付・民主党号外ニュースより-

                       たかの まもる
次期衆議院選挙茨城第4区 民主党公認候補に高野守氏が決定!
たかの まもる
高野守氏、民主党茨城4区総支部長に就任!

政権奪取をめざす民主党は、衆議院全選挙区に候補を擁立すべく検討を続けています。

昨年来、衆議院茨城第4選挙区(大子町・東海村・那珂市・常陸太田市・常陸大宮市・ひたちなか市
50音順の候補擁立に向けて鋭意努力をしてきましたが、この度2月1日民主党本部において、正式に高野まもる氏が決定いたしました。

今後後援会の立ち上げ、事務局の整備を図り、次期衆議院選挙戦に備えてまいります。

我々は高野まもる氏の決断を大切に勝利に向け、全力を尽くします。




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            たかの
衆議院茨城第4区 総支部長 高野まもる 事務所

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〒319-2602
茨城県常陸大宮市小田野175番地
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