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「高野 まもる」決意表明 |
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新たな決意 |
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日頃のご支援に感謝申し上げます。民主党も高野守も小沢一郎新代表の下、新たな決意で再出発いたしました。政権交代こそ真の改革であるとの信念の下、私たち民主党は、高野守は、日本の新しい国民政党を目指して頑張ります。
皆様には、昨年の衆議院総選挙に際しまして、無名の新人であったにもかかわらず、私の政治に対する思い、志を信じて下さり最後までご支援下さいました。お蔭様で民主党茨城第4区初めての公認候補者として正々堂々と戦うことが出来ました。
結果は厳しいものではありましたが、結党以来空白区であり、強固な保守地盤、歴史的小泉旋風の中、民主党として初の戦いでの6万票の重み、改めて皆様のご支援に感謝の気持ちでございます。
2005年の夏、民主党茨城第4区総支部かく戦えり。
私自身、何かとご迷惑をお掛けし、反省すべき点ばかりですが限られた厳しい条件の下、私たちは全力で戦いました。皆様のご支援に重ねて御礼申し上げます。
私はもちろんのこと、民主党もまだまだであろうと思いますが、小選挙区制、二大政党の流れの中で、自民党の対抗軸として民主党が頑張らなければ本当の意味での国民の皆さんの視点に立った政治は出来ない。政権交代こそ真の改革である。と今も確信いたしております。
茨城の厳しさを改めて痛感しておりますが、第4区に初めて灯して下さった民主党の火を消したくはありません。私は厳しくとも捲土重来、再起を期する所存です。今後ともご支援ご厚情賜りますことを心よりお願い申し上げます。
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私の決意 |
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私は、民主党の一員として政治改革に邁進する
決意をいたしました。
目指すは、新しい日本の国民政党です。 |
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今回、茨城4区の公認候補者選考に当たり、民主党県連を始め関係の皆様が、「改革の志ある者には、等しく平等に公平にその機会を与える」との方針で選考下さりご推挙いただきました。私は、この開かれた政治姿勢こそが、新しい時代を切り開く政治にとって最も大切であり必要不可欠であると確信いたしております。
私は、かつて労働大臣・通産大臣を務めた塚原俊平代議士の第一秘書として、ふるさと茨城と日本に尽くしたいとの思いで、行動を供にして参りました。しかし、塚原先生は志半ばで、しかも50歳の若さで突然この世を去りました。秘書としてお仕えをした私にとりまして、この時の悲しみはある意味で父を亡くした時以上に辛いものでした。以来、この8年間、私はいつの日かふるさと茨城に戻り、先生の遺志を継ぎ国のために起ち上がりたい。との思いを心の支えに政策秘書として今日まで努力を続けて参りました。
しかし、頑張れば頑張るほど、努力すればするほどに、今日の自民党政治の矛盾と、そして何よりも改革者としての限界を感じざるを得ませんでした。戦後政治の中で自民党は一定の役割を果たしてきたと思うし、その全てを否定するものではありませんが、これからの厳しい時代を生きて行かなければならない、私たちの子供たちやそのまた子供たちの未来を思うとき、もはやこれ以上、私たちの大切な国、日本の政治を自民党に委ねることはできないとの思いに至りました。
本当の改革は、単なる革新やしがらみを絶てない旧勢力や、ましてパフォーマンスでは実現できません。日本の歴史を検証し、正すべきは正し、日本人の心・アイデンティティーを取り戻す中で、既成概念や既成のシステムに囚われず未来を見据え、国民の視点に立ったものでなければならないし、同時に国民の生命・財産を守るという政治の基本姿勢・観点を失ってはなりません。歴史が示すように、明治維新がそうであったように、単なる部分的・一時的な混乱ではなく、国家全体としての価値観の転換が必要とされるような大変革の時代には、様々なしがらみを持った古い体質の政治集団ではこの危機を乗り越えることはできないし、新しい時代は新しい政治集団でなければこれを築くことはできないとの思いです。
大切なのは人です。民主党は新しい政党として改革の志を持った人材を既成概念やシステムに囚われることなく登用し、改革者たらんとする姿勢を最も強く持っています。これなくして改革は成しえません。
私は、志を立てました以上、茨城4区において改革の旗を高く掲げ、改革を願う多くの国民の皆様と共に、どんなに厳しくともその旗を降ろすことなく、戦い抜く決意です。
たかの
高野まもる 元気いっぱい頑張ります。よろしくお願いします。
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たかの
衆議院茨城第4区 総支部長 高野まもる 事務所 |
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